ある分野において突出した能力のある人間がその能力を発揮する場を放棄するのは才能の無駄遣いに過ぎない。しかし、その能力が永久に失われてしまったならば、それは才能の損失、あるいは才能の消滅とも呼んで良いものだろう。まぁ、『HEMP LIFE』という2回しか発行されなかった大麻雑誌の発行人が亡くなったというだけのことなのだけれども、何年も前に発行された『HEMP LIFE』を片手に大麻の説明をする人たちを今でも時折眼にするし、さまざまな人たちとの大麻談義の中でその名前を聞くこともある。そして『HEMP LIFE』からはじまったさまざまな動きもある。生きる価値や生きている意味だけに囚われる必要はないし、人それぞれの人生だからそれはそれでまた人生なのだろう。そして、それはともかく人の生死だけでなく時代の変わり目には多くのトピックが発生するものだ。彼の亡くなった数日後の大麻取締法改正案の成立も良し悪しは別にして、時代の変わり目における大きなトピックといっても良いに違いない。
さて、改正大麻取締法は参考人として呼ばれた人たちの疑問や問題点の指摘に応えることなく、意見は意見として聞き流され、また、政治力学的な関係から疑問も抱えたまま賛成に回るしかなかった議員もいる中で、多くの法的効力ない付帯決議を付けて2023年12月6日に成立し、来年には施行される。
それと連動するように11名以上のの救急搬送者がでたことが報じられた、いわゆる「大麻グミ」の主成分HHCHは12月2日に指定薬物として規制され、HHCPについても7日に厚生労働省麻薬取締部による店舗や工場など4か所の立ち入り検査が実施され、検査後の規制まで販売禁止という実質上の規制もされた。来年には包括規制も視野に厚生労働省麻薬取締部が動き出すという。CBDは大丈夫だというが、麻薬原料は厳しく規制する方針の厚労省サイドは医薬以外のCBDをどのようにしていくのか注視する必要があるだろう。今後は大麻取締法だけでなく「麻向法(麻薬及び向精神薬取締法)」についてもより学ぶ必要があるだろう。アメリカの動きをはじめ先進国の動向、そしてWHO、さらにアジア諸国の動きは国際法に準拠する日本の法律にどのような影響を与えるのか、5年後の見直しまでにどのような影響を与えるのかにも注視したいところだ。
さてさて、世界の動きとはあまり連動しない日本の動きはともかく、日本で粛々と大麻取締法改正が進んでいたタイミングでタイのバンコク、クイーンシリキットコンベンションセンターで開催された第二回アジアインターナショナルヘンプEXPOでは世界中から大麻関連のVIPが集まりフォーラムを展開、日本からも第一回世界麻環境会議(京都フォーラム)のオーガナイザーでもあり現在栽培免許取得者でもある岡沼隆をはじめ4名が登壇。EXPOでは世界中から集まった機器や肥料メーカー、そしてディスペンサーなどなどの中に、日本からは島津製作所の関連企業、そして世界的評価が爆上がり中の甲冑のハサミ屋さん「サボテン」などと共に、日本の伝統文化として精麻と精麻アイテムを展示する「JAPAN GOLDEN HEMP」、日本の大麻の食文化とタイの食文化を融合させた麻の実稲荷寿司やヘンプミルク、ヘンププロテインなどを紹介した「JAPAN ASAKUSAYA CAFE」などが出店し会場を盛り上げた。また、メインステージではドキュメンタリー映画「麻てらす」の上映や「麻の実の健康と未来」と題した麻の実料理研究家の玉尾伊都子と麻農家の針ヶ谷麻子とのセッション&WS、そして日本最大の麻農家である大森由紀の講演と注連縄作りのデモンストレーションなども開催された。
今回で2回目となるアジアインターナショナルヘンプEXPOの捉え方はさまざまだ。日本の現状と比較すると会場は違法物だらけということになるし、日本と比べればだいぶ進んでいるということもいえる。会場内には煙は立っていないが、フレッシュな大麻で溢れ、漂う香りだけで厚労省の否定する「麻酔い」するほどだ。また、タイの大麻の現状を表すように、まだまだ発展途上で、そこにあるのは大麻産業向けの機器であり肥料であり、道具であり製品だった。他業種のEXPOなどでは見られる、先進ビジネスモデルの提示やより深い環境配慮、未来へのイノベーション提案、そして文化や思想への昇華や落とし込みといった成熟さはあまり見られなかったが、未成熟であるがゆえの情熱と活気、向上心に満ちたEXPOとなっていたように思う。今後どのような発展と進化、そして深化をしていくのか楽しみなEXPOのひとつだ。タイも合法化、合法化と騒ぐ日本の状況と同様にアクセルとブレーキの間でまだまだもがいている。たかが大麻、されど大麻の中で各国がどのようなバランスをとり、それぞれの個人がどのように動くのか、アクセルとブレーキの狭間で、そして表裏さまざまに動きはじめている。
松浦 良樹〈Matsumura Yoshiki〉プロフィール
環境問題や自然エネルギー、伝統文化などをメインテリトリーとするライターとして様々な媒体に執筆。
NPO法人日本麻協会理事などを務め、2016年7月に理事・長岡 沼隆とともに国立京都国際会館で開催された「第1回 世界麻環境フォーラム」(別名「京都ヘンプフォーラム」)と呼ばれる「IHEF(International Hemp Environmental Forum)」の初イベントを開催した。このイベントには、世界中から麻の専門家や産業家の他、安倍昭恵総理夫人(当時)、京都市長、京都最古の神社である上賀茂神社宮司をはじめ、大麻に理解のあるメンバーが広く参加した。
また、蚊帳研究家として蚊帳の歴史や文化の研究に努めるとともに、ヘンプ100%の藍染の蚊帳やヘンプストロー、ヘンプフィルター、ヘンプなどの衣食に関わる大麻アイテムの開発に携わり、普及活動を続けている。
2019年ネパールで開催された「ASIA HEMP SUMMIT」において「大麻と蚊帳の博物館の創設」「日本の祈りに関連した大麻」に向けた企画で起業家賞を受賞。大麻の専門店「麻草屋」代表でもある。
また、タイ王国バンコクで開催された「アジア国際ヘンプエキスポ 2022 」では二大パビリオンのひとつ「golden hemp pavilion」の責任者を務めた。
2023年、青淵渋沢栄一翁顕彰会〈士魂商才〉賞を受賞。