YouTube Time 135

anarchy (無秩序、無政府状態)

コンフィデンスマンJP英雄編を鑑賞してきました。一人で。やはりノリとテンポ感が最高の映画でした。思いの外、見に来ている方は多く、今日は突然祝日にでもなったのかと思う程。周りはほぼ友達連れかカップルばかり。前の方の席に一人だけ60代70代くらいのおじさんいました。仲間でしたね。

エンドロールで流れるこちらの曲が映画にもマッチしてとても良いと感じました。歌詞が好みです。プリテンダーよりもわたしはこちらの曲を好んで聴きます。

包み隠さず発言をするのも野暮かなとも思いますが、せっかくなので言わせてください。プリテンダーという曲はメロディやPVの雰囲気も美しくて好きですが正直苦手な類の曲。歌詞がどうも苦手。すみません。美しい曲とは感じますが、綺麗事ばっか言わんとはっきり言えや。と聴きながら直感的に思ってしまう捻くれた自分もいて。

グッバイされ運命の人じゃないと言われた挙句「君は綺麗だ」と言われても不服に(イラッと)感じる事があっても、それを表には出せない女性も世の中にはいるかと思いますし、わたしにはどうしても"せこい男の曲"に聞こえてしまいます。すみません。美しいメロディ以外わたしには何も響かないというのも、また男と女としての感性や生き方の違いでもあるのかなと。

ヒットするものの裏には必ず人の心を動かす「感動」というものがある。我々人間には二面性というものがある。面づらと腹の底に隠した面の両面を持って生きている。だからプリテンダーという曲もアナーキーという曲もどちらも必要なのだと思う。アナーキーのような歌詞のように生きる人間がいざ、恋愛をする時はプリテンダーのような恋愛をするのかもしれない。色々と考えさせられるのもまた、人間として生きる醍醐味のひとつ。

音楽は感情をぶつける手段としての武器にもなり得る。さあ立ち上がれ髪の毛たちよスカルプDで頭皮にやさしく。わたしも最近ストレス発散の一環で歌詞を書いてみる事も新しい挑戦の一つ。

どちらかというと自身は合理的な人間で極力無駄が嫌い。その反面、目の前にあるのに取りこぼす事もたくさんしてきただろう。それを理解した上で目の前にあるものをきちんと感じ、きちんと拾いながら余生を生きていきたい。

頭で理解はしていても、思考と現実がうまくリンクせず、それがたちまち自身の至る所に絡まって思うようになかなか器用に生きられないのが人間。それは人間の欠点でもあるかもしれないが、その反面、そんな欠点すらも人間らしさという味があって、それはそれで良いのではないかと最近になって思えるようになった。

プリテンダーもアナーキーという曲も、それはそれでどちらも人間らしさがあって良いじゃないと思う。全く種類の異なる曲の受け取り方も人それぞれあって良いじゃないと思う。天下を統一しようとする者がいれば、必ず反発する者や、我先にと他者の足を引っ張ろうとする人間も必ずと言っていい確率で出てくる。それが人間として生きる者の性と思う。

今や日常に当たり前にあって便利なもの。例えば、日常的に使うガラスのコップというものを世界中に普及させたのも人間。それは人間にしか成し得れなかった偉業。しかしその反面、便利なガラスのコップもたちまち割れれば鋭利な凶器にもなり得る。

我々人間の生きる世の中に、何が正解も不正解も存在しないのではないかと思う。自分を信じ、正しいと思ったのであれば、その人にとってはそれが正しく、違うと思えばその人の人生にとっては間違っている。考え方が様々あるだけ人間らしくて、それが人間味でよいのではないかと思う。

そんな不器用な人間ですが、不器用ながらも主人公や登場人物を見て少なからず「一緒に成長していこう」といった勇気を貰える週刊少年ジャンプの漫画には多大なる感謝をしています。

【最近知ったこと】

麻には吸水性があると漫画ワンピース36巻を読んでいて知りました。調べてみると麻は綿より4倍もの給水力があるのだとか。土嚢袋などもありますね。

まるでヴェネツィアを彷彿させるかのようなウォーターセブン編。アクア・ラグナ(高潮)が来る際に住人が「家が浸水しちゃ困る」と麻を窓枠に詰めているシーンが見られました。教養がある方が描かれる漫画により、自身も教養を得ることがあり、素晴らしい漫画の存在する時代に自分が生きられることに感謝します。

さて次はなんの映画を見に行こうか。「大怪獣のあとしまつ」という映画のタイトルがわたしの頭から離れない。